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疑似科学的な科学的思考

特定の世代に限らず、血液型性格診断などの様に科学的な根拠が全く無い疑似科学的な話を単純に信じ込む傾向が認められる。これには近代以降、科学の術語の多くが時代に応じた科学的思考を伴って受容されたのではなく、しばしば科学的思考と対極のところに位置する伝統的なコスモロジーの中に位置づけられて受容されたことも、原因として考慮する必要がある。例えば現代における「黴菌」「伝染病」「遺伝病」「消毒」といった医学、保健衛生学の術語は、「穢れ」や「禊」の思想や聖書学的ライ病(ツァラアト)といった古典的な差別観を、逆説的に権威付け補完する術語として受容されている。現在に続いたハンセン病や水俣病患者に対する激しい差別は、これらが要因のひとつとなった。加えて少なからざる科学者にもそういう姿勢が見られたことが、却って科学に対する不信を齎したとも言える。

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また、社会人が広範な科学知識を現実の科学の発展に即して得る手段としての科学ジャーナリズムも、日本では基盤が貧弱である。高度経済成長期にホワイトカラー向けの、経済バブル期にもっと広範な大衆向けの科学雑誌の発展がありはしたが、その多くがバブル崩壊後に廃刊に追い込まれている。科学に対する興味が薄れることによって売上げが減少し、人目に触れる機会が減少することで、さらに科学に対する興味が薄れるという悪循環を生じていると考えられる。現在は一般向けの総合科学雑誌は岩波書店の「科学」、日本経済新聞社の「日経サイエンス」、ニュートン・プレスの「Newton」程度であり、前2誌もむしろ研究者、技術者向けの比較的高価な専門誌と認識され、ホワイトカラー層においてすら、敷居の高いメディアと認識されているのが現状である。

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2009年09月27日 00:44に投稿されたエントリーのページです。

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